メルモフレール 第1話

前回の記事から少し時間が経ってしまいましたが、今回もシリンダーオルゴールのメーカーについて紹介したいと思います。
メルモフレールというスイスのメーカーなのですが、やはりこのメーカーも前述のニコルフレールに負けず劣らず、すばらしいオルゴールがたくさん残っています。修理のために分解してもこのメーカーの機械は興味深い構造のものがたくさんあります。後にディスクオルゴールの分野にも進出し、シリンダーオルゴールのみを制作していたメーカーが衰退していく中、ディスクオルゴールでもStellaやMiraといった名機を生み出しています。コレクターの間ではディスクオルゴールの機械はスイス製、筐体は米国製ということが浸透していますが、シリンダーオルゴールの頃からもそのような生産形態を取っていたようです。
作業の合間に記事を書いてるため、翻訳に少し時間がかかりそうなので、数日に分けて掲載していきたいと思います。

メルモフレールのロゴの刻印
曲番号インジケータに刻印されていることが多い。
まずは、工房設立の頃からのおはなしです。


-Encyclopedia of Automatic Musical Instrument- p.56
by David Bower
メルモ・フレール*1は1816年(1815年という説もある)に設立された会社で、当時の自社紹介によると「時計製作所でありオルゴールのムーブメントメーカー」とある。19世紀の後半頃からスイスで最大の大型オルゴールメーカーとして知られるようになった。
1880から1900年の間メルモフレールはGustave Alfred MermodとLouis Philippe MermodとLeon Marcel Mermodの3人が運営していた。当時の他のオルゴールメーカー、特にスイスのPaillard(パイヤール、ペイラード)Bremond(ブレモン)又、フランスのL’Epee(レペ)等は数多くのオルゴールを製作していたが、そのどれらのメーカーもメルモフレールを超える大量生産の技術は持ち合わせていなかった。
メルモフレールのインターチェンジャブル・シリンダー(シリンダー交換式)は一台のオルゴール専用ではなく、同じ形式のメカを持つ他のオルゴールとも互換性を持っていた。これは他のメーカーが取っていた互換性がなく一台のオルゴール専用の交換式シリンダーの仕様からの聡明な決別でもあった。
メルモフレールの販売は米国向けが主であった。カタログにもオルゴールのケースは「米国製」が強調されている。更に現存しているメルモフレールのケースを検証しても彫刻の入ったオークやマホガニーのケースが米国製である事からも米国の市場を意識していた事がわかる。また、彫刻は入っていないが1880年代に流行した精巧な象眼の入ったヨーロッパ製のケースも存在する。更に希少な物ではレジナ、F.G.オットーやシンフォニオン(全てニュージャージー州)で使用されていた様なほぼ正方形のケースを使用した物も存在する。
W.J.G. Ord-Hume*2の「オルゴールの収集と修理の方法」”Collecting Music Boxes and How to Repair them”という本の中に『メルモフレールは非常に独創的な方法でオルゴールの製作を行い、彼らのオルゴールは常に最良の状態で出荷されていた。』と記されている。その音質はすばらしく音質も豊かであったが、1890年代に多くあった他のメーカーのぎすぎすした「すばらしさ」とは異質の物であった。これらの要因も手伝いメルモフレールは今日のコレクターの間でもトップクラスのアンティークオルゴールと認識されている。

オルゴールに向かって右手前の櫛歯上に
この刻印があることが多い。
*1.「Mermod Freres」ここではメルモフレールと表記します。実際にはFreresの最初のeの上にアクサンがつく。直訳すると『メルモ兄弟』日本語風に言うと『メルモ兄弟社』と言ったところでしょうか。余談ですが以前に記載したNicole Freresも同じようにアクサンがつきます。
*2.この記事の原文の著者David Bower氏と同じくオルゴールコレクターの間では権威として有名。イギリスのオルゴール協会の創設者で著書も多数ある。
次回予告。
当時のカタログにメルモフレールのオルゴールの仕様について興味深い記述がたくさんあります。乞うご期待!
メルモフレール第2話

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